選考作品へのおすすめコメント
マンガ大賞2021一次選考作品

『サターンリターン』鳥飼茜

  • 「掲載は週刊ビッグコミックスピリッツ。2020年秋発売の最新第4巻を機にストーリーが一気に展開し、俄然おもしろみが増してきた。いま最も続刊が気になるマンガだと思います。小説家の加治りつ子(本名は理津子)は、かつて親交があった中島淳が30歳を目前に自死したと知らされる。中島の求めに応じる形で彼をモデルにした小説を書いたことがある理津子は、当時を振り返り、「中島を殺したのは自分だ」と考える。そして担当編集者の小出とともにその足跡をたどるうち、縊死の前夜、彼が8人の女性に同時にプロポーズのメールを送信していたことを知る――。単行本の発売ごとに切れ切れに読んできたからかもしれないけれど、このマンガは1回読んだだけでは筋立てがすっと頭に入ってこない。だから、今回このコメントを書くために何回か通しで読み直してみて再発見がいろいろあった。話をつかみあぐねる理由のひとつには、読み手(私)にとって、主人公理津子が1人の人格として像を結びにくいからことがある。つまり『キャラが立っていない』。そしてキャラが立っていないということが、理津子に得体の知れない現実味を与えている。だってそうですよね。実在の人間にはいろいろな側面、いろいろな断面があって、分かりやすい『キャラ』でその人すべてを語れるわけではない。誰かと長く付き合っていても、ときに唖然とするような知らない一面をその人に見出すことはよくある。しかしながらマンガの登場人物は一般に『わかりやすい』ことが求められるので、多くは一人一人にくっきりとした性格付けがなされる。そういう操作や演出がなされないまま剥き出しに放り出された主人公だからこそ、通り一遍の理解では済まない引っかかりを読む者に残す。編集者の小出が担当する慧眼の有名女性作家が理津子を評してさりげなく言う「言葉が本体にひっついてないね。あれは、相手次第の水鏡だわ。」(3巻第18話)という一言に現れているように、どれがほんとうの理津子なのか、それとも『本当の』理津子などそもそもいなくてぽっかり開いた空洞なのか、そこが分からないので読み手は『分かった気になる』ことができない。そんな理津子の、マンガの登場人物としては異例のとりとめのなさは絵姿にも明らかだ。おどおど怯える表情、老成して達観したような表情、おぼこくてあか抜けない表情、大人びて鋭く「できる」女の表情、無心な子供のように邪気のない表情。魂の抜けたような無表情。一人の人間の内にあるたくさんの人格が、メイクで顔を変えるように唐突に不連続に現れるところは圧巻だ。これは余談ですが、ふだんほとんどマンガを読まない私の妻は、このコメントを書くために積んであった単行本4冊を深夜に読み始め、そのまま朝まで読み通してしまったそう。理由は「だってほっとけない絵だから」。読むのをやめるとなんとなく後ろ髪を引かれる思いがして居心地が悪いのだ。4巻で展開される地味な不動産屋勤めの女のエピソードが胸を打つ。なおプロポーズされた8人の女性のうち、4巻段階で複数が未登場。この後どんな展開をたどるのか、これを書いている時点ではまったく予測がつかない。今春発売という第5巻が待たれます。」

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