選考作品へのおすすめコメント
マンガ大賞2021一次選考作品

『アニメタ!』花村ヤソ

  • 「元アニメーターの作者が描く、リアリティたっぷりのアニメ制作現場ストーリー。我々が日々当たり前のように楽しく視聴しているアニメは、その裏側にあるとてつもなく厳しい世界で戦い、作り上げてくれるプロフェッショナル達の技術と愛情の賜物。その有難さとともに、『なりたいものになれるのは選ばれた人間ではなく、「なろう」とした人間なんだ』という、全ての人生に繋がるメッセージを登場人物たちから感じ、前向きになる。作者の経験、キャリアが成せるアニメ制作にまつわる知識、小ネタやインタビューも満載で、アニメもマンガも美味しくいただけちゃう作品。」

    「アニメーション会社の方で資料整理の手伝いをしていることもあって、身近にアニメーターさんがいたりする状況からその置かれた境遇が、割とシリアスに感じられている昨今、そうしたアニメーターさんの大変さぶりを描いた漫画として、花村ヤソ『アニメタ!』シリーズはなかなかにシビアで、それでもやりがいのある仕事の状況をしっかり描いているということで、いろいろと勉強になったりする。19歳だけれど大学には行かず、専門学校にも行っていなかった真田幸は、『王立少女パンナコッタ』というアニメーションが大好きで、自分もアニメーターになりたいと思って受けたのがN2 FACTORY STUDIOアニメーション制作会社の新人動画担当者の試験。決して上手くはなく、専門学校に行ってからと言われて諦めかけたところに1本の手がさしのべられる。九条斎。『王立少女パンナコッタ』で副監督をしていた九条は、真田幸が自販機に入れようとして落ちたコインの行方をしっかりと見定めていた動体視力の良さや、空間把握能力に何かを見いだし、彼女の採用を決める。ただし、原画に上がるまでは自分が詰める第7スタジオには入れず、第2スタジオでの動画から、『ユキムラ』と呼ばれるようになる幸はアニメーター人生をスタートさせた。そして描かれる苦労の連続。何より原画に上がらなければ第7スタジオには行けないし、それ以前に食べていくのも一苦労。アニメーターの賃金が安いことが世間的に言われているが、中でも新人の動画が得られるお金はどれだけ働いても数万円が良いところ。そんな中でもしがみついて腕を高めて、幸は原画の試験を受けるところまで画力を伸ばしていく。自身、アニメーター経験を持ち『エヴァンゲリオン新劇場版』にも原画で参加したことのある作者にとって、自分が経験して来たことを綴ったストーリーだけに深みがあり、重みもある。そんな『アニメタ!』の第5巻では、動画から原画へと上がる試験に落ちてしまった幸が、悩み悶えつつもいったいどうしてといったところで、監督の人からレイアウトをコピーしろ、そしてアイラインを考えろといった指導が出る。そういう言葉が具体的に、原画としてどれだけ必要なのかは追って描かれることになるのだろうけれど、絵がそれなりに描けて動きもちゃんと出せていても、パースがくるっていては原画としては成立しない、自分で空間を作り動きを作れてこその原画であり、そこへと至る道に必要なことが何かを分からせてくれる。アニメーター志望者には、夢をかなえる前に必要な技術、必要な思いを得られる漫画だとも言える。原画に上がれなかった幸は、少し脇にそれて客観的に動画を眺めることができるからと、動画検査の仕事を始めることになったけれど、そこにいる鬼動検の異名を取るアニメーター、富士結衣子が話していたことがとても重い。『悔しいなら大丈夫ね』『悔しいうちはまだ戦えるからよ』『「悔しい」が消えて「羨ましい」だけが残ってしまったら、もう戦えなくなるのよ......』『私みたいに』 うまい原画の人を見て憧れても、それに追いつけない自分が悔しいと思えればまだまだ上昇していける。でも羨ましいと思う気持ちは、裏側にあの人には追いつけない、ああはなれないといった諦めの感情が潜む。そうなってしまったら、死にものぐるいでそこに至ろうという気力が出てこないし、別の追いかけ方もできなくなってしまうということなのかもしれない。そうした気持ちは普遍化できる。自分の場合はどうか、うらやましさはあっても悔しさもまだあるから、そちらの火を付けることで爆発させられるかもしれない。そう思うことで、止まっている場所から動き出せる。すべてが停滞して先が見えない世界的なパンデミックが続いていても、それが永遠に世界を覆うことはないのなら、動き始めるその時に向けて悔しさを埋めるために何ができるのか。考えたい。」

▲ ページの先頭へもどる