選考作品へのおすすめコメント
マンガ大賞2012一次選考作品

『繕い裁つ人』池辺葵

  • 「「年々柔らかになって体に沿ってくる生地と仕立ての良さは、1カ月もすればあきて売ったり捨てたりする者にはわからんよ」。とある町に暮らす中田さんという老人は、年に1回の夜会に着ていくジャケットを、年ごとに体の変化に合わせて広げたり、詰めたりしながら、もう何十年も身にまとい続けている。その町にある洋裁店であつらえたジャケット。丁寧な仕事で評判だったその店の常連客たちが、集い語り合う場に混じって中田さんは、同じ服と長くつきあう喜びを語る。「10年、20年、おんなじ服と連れそうていけるいけるのが、どんなに幸せなことか」。半年で、あるいは数ヶ月で来た服を、捨てたり売り払ったりしてしまう人には、意味が通じないかもしれない。それでも、普段は淡々と庭仕事をしている老人が、ジャケットを身にまとって毅然と話すその姿や、同じように洋裁店で1針1針丁寧に縫われたドレスをまとった女性たちが、老いを感じさせないで立ち語らう姿を見れば、服というものがただ身を包むだけではなく、心を引き出し、人生を彩るものだということを、誰もが知るだろう。ただ身に纏うだけでない服の存在、服がもたらしてくれる幸福を思い出させてくれる物語。それが池辺葵の『繕い裁つ人』。祖母が1人で営んでいた南洋裁店を継いだ孫娘の南市江の仕事や出会いから、服への作り手としての思いの強さ、装う人たちの服への思いの深さが示される。読むうちに人は、知らず服への思いを喚起され、クローゼットに吊されたままになっている古いジャケットを手にとって、羽織ってみたくなるだろう。」

    「絵になんだか惹かれて読み始めたのですが、厳しさの中に必ず存在する暖かさを感じるお話の内容にやられちまいました。静かなイメージのする絵柄やコマが余計に登場人物たちの言葉を際立たせるような気がしました。働く人の美しさを感じさせてくれます。」

    「町のちいさな洋裁店で、いつも「その人だけ」の服を作る女性...という設定を聞いて、やわらかいふんわりした女性なのかなと思っていたら、対極にいる人だった。頑なで、厳しい。でも、愛情深い。愛と情熱を持って仕事をしようとすると、人は厳しくなるのだ。自分にも他人にも。2巻を読んで、このマンガの見所は「繕う」よりも「裁つ」だったんだなと気付いた。大事にしていた着物や美しい布を裁ち、そのあとで繕うということは、一度「覚悟」をしている、ということなのだなあと。着物にハサミを入れる小さなコマに、作者の思いがこもっていた。」

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