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マンガ大賞2017一次選考作品

『クジラの子らは砂上に歌う』梅田阿比


クジラの子らは砂上に歌う 8 (ボニータコミックス)

「 梅田阿比が2013年が描き継いでいる漫画『クジラの子らは砂上に歌う』が2016年4月に舞台化された。原作を知っているなら、あのどこまでも続く砂の海が広がる世界が舞台となっているファンタジーであり、人類の進歩と進化を問うようなSF的な雰囲気も持った作品を、どうやれば舞台化できるんだろう? といった訝りが浮かんだ。砂の海が広がる世界で、泥クジラという巨大な船、というよりもはやひとつの島といえるくらいの広大な地に、何百人かの人間が住んでいて日々を淡々と生きている。一部に情念動(サイミア)と呼ばれる一種の超能力を操れる印持ちがいて、一方にそうした印を持たない普通の人間もいるという構成。そしてサイミア持ちは強いけれども短命で、印のない普通の人間から出た首長が全体を統括する形で運営されていた。周囲に人が暮らしている形跡はなく、誰かが尋ねてくることもない中で、自給自足で生きていた泥クジラの住人たち。そのひとりで、チャクロという名の少年は記録係を仰せつかって、泥クジラで起こることを日々、書きためることに全力を傾けていた。そんな平穏で、別の意味では停滞の中を衰退に向かっていた泥クジラに異変が起こる。久々に見つかった島にいくと、そこにひとりの少女が倒れていた。泥クジラへと連れ帰って名を聞いても分からず、とりあえずリコスとつけたその少女を追うようにして、泥クジラに未曾有の危機が訪れる。見渡す限りが砂の海という物語の舞台、そして山のようでもあり森のようでもありなおかつ生きているような雰囲気すらある泥クジラという生活の場所を、固定されたステージでどういう装置を組んで再現するのか、どういう見せ方をするのか。そんなステージ上にあったのは、奥にやや盛り上がった斜面で、そこを砂のような土地に見せかけつつ、ある時はそこを泥クジラの上であり、ある時は船で渡る砂の海であり、ある時は泥クジラの中であり敵の船の中でありといったさまざまな場所に見立てて、そこにさまざまな登場人物たちを的確に出し入れして、そのシーンが繰り広げられているんだと感じさせた。原作を知っている人には、ここはあの場面をその登場人物たちによってそこで描いているんだなあと分かっただろう。そうでない人も、この巧みな場面の繋ぎ方によってしっかりと、ストーリーを追いながら物語について全身に感じていけただろう。それは、日常が変貌する驚きであり、最愛が奪われる悲痛であり、未来を閉ざされる絶望といったもの。けれども、自分たちの運命を自分たちで掴み、自分たちが生きた証を残そうとあがく姿にああそうだ、立ち止まっていてはダメなんだと教えられた、そんな舞台になっていた。漫画に描かれたそんな流れが、しっかりと舞台で演じられていた。伝わってきた。そんな舞台で描かれたのは、原作漫画では第4巻の帝国を相手に泥クジラの人々が、生き延びるために戦いを挑んで、運命を自分たちの手に取りもどすまで。そして漫画は第5巻、第6巻と積み重ねらるなかで、泥クジラが新しい出会いを経て、スィデラシア連合王国にあるアモンロギア領をめざすことになった、その旅程を描くシリーズへと進んでいる。2016年春に出た『クジラの子らは砂上に歌う 7』(秋田書店)では、泥クジラの上では凄絶な争いはなく、人の命も失われない平穏な日々が描かれる。けれども、その成り立ちに何があったのか、そして未だ明らかにされていない泥クジラの深部に眠る秘密が浮かび上がり、その強力すぎるサイミアのせいで「悪霊(デモナス)」と呼ばれるオウニの力の謎にも話が及んで、ちょっとした波乱を予感させる。第7巻には別に1編、過去に描かれた「もうひとつの記録 光の隣 壁の空」が収録されている。父王が死に、後を継いだ新王の不興をかって長身の女の道化が牢獄に押し込められる。そこには、父王に道化として仕えながらもやはり、無実の罪を着せられ獄に押し込められて病死した道化女に王が産ませた少年がひとり、父王殺しの容疑をかけられ、捕らえられていた。長身では横になるのも難しく、膝を立て背中を壁につけた姿で、道化女は少年を抱えるようにして獄中での生活を始めた。狭い窓から空を身ながら少年と語り合い、何年もの日々を過ごした果てに訪れるものは? 人の猜疑心が招く悲劇を描きながらも、出会いが心の浄化をもたらす可能性も示される。掌編ながらも深くて重たい物語だ。続く2016年冬に出た『クジラの子らは砂上に歌う8』で、泥クジラの住人たちは大切な仲間をまたひとり失いながらも、目指すアンモロギア領へと近づいていく。そこでの反発、さらには執念を見せるように追ってくる帝国の陰もあって、今までにない激しい展開も予想されるけれど、そんなクライマックスへと向かうに当たって改めて、かつてない世界を描き、そこに生きる苦しみと喜びを背負って生きる者たちの姿を描いた物語を読み込んでおこう。アニメーション化もあってブーム化必至の作品を、先取りできるのも今のうちだ。」