選考作品へおすすめコメント

マンガ大賞

『ビアティチュード(BEATITUDE)』やまだないと


「あの、やまだないとが久々の連載!かっこいい男の子な表紙と裏表紙!で、ほぼジャケ買いで買った漫画なのですが、意外!内容はあの有名なトキワ荘を舞台にし、主人公は石ノ森章太郎と赤塚不二夫という予想外のものでした。でもおしゃれ...。さすがやまだないとだなとうならせます。ほぼヤローのむさくるしい生活も、夢に向かってもがく青春も、本まるごとおしゃれなのです。中のインクの色だって黒色じゃなくセピア色だし...。一冊の本であり、ひとつの芸術作品。このやまだないとの世界観があるからこそ、夢を追いかける普通なら泥臭い感じがするストーリーもきらきらと輝き、ただただこの物語の主人公たちがうらやましくてしょうがなくなり、憧れすら持ってしまう。そんな作品なのだと思います。作家のもつ世界観とテーマがうまくからんだよい作品。一つツッコミをいれるなら、アカツカじゃなくてクボヅカ(初期の)だろ!って叫びたくなるくらい。窪塚洋介の容姿をもった赤塚不二夫って所です」

「トキワ荘のBL版という、誰もが恐れ多くて考えつかなかった新たな視点で少年漫画勃興期の熱を描いたスタイリッシュで、切なく悲しい08年版『まんが道』!関連書籍(まんが道や石ノ森作品、赤塚不二夫特集など)を読み返したりトキワ荘跡地を訪れたり、松葉にいきたくなるそんな1冊。とにかく、いい。」

「昨年随一の「衝撃の問題作」。"トキワ荘神話"への大胆すぎる挑戦であり、関係者がこの作品に不快感をあらわす気持ちもよくわかるが、それでもマンガとしての面白さは疑い得ない。おそらく、作者が真に描きたいことは「この先」にある。何年かかってもいいから完結させてほしい。」

「「おしゃれなマンガ道」で済ましてはいけないマンガ読みなら必読の一冊。トキワ荘のことはあまりよくは知らないのですが、同じ夢を志す若者たちの青春群像劇として非常によいです。マンガに対して同じ気持ちをもちながらも上手くいくものいかないものの姿がまんべんなく描かれています。絵の密度も非常によくて、パソコンで描くところと手で描くところをバランスよく使っているところはさすがです。」

「個性と才能あふれた若い男達が、大いなる夢を持って、ひとつ屋根の下で生活をともにする......。「トキワ荘とはボーイズラブである」とみなし(ここまでは誰でもできる)、それを躊躇することもなく、具現化したやまだないとの胆力とチャレンジスピリットに感嘆。」

「ベスト1巻賞。連載が続いて完結することを祈りつつ。
やまだないとさんが、かの有名な「トキワ荘」をモチーフに新連載を開始したときは、いつつのことに驚愕しました。
すごく意外、このひと、じつはまんがの黎明期に興味があったんだ、というのがひとつ。それから、彼女の過去の作風からして、まさか、史実(や、もはや歴史でしょ? トキワ荘は!)を基にしたまんがを描くとは思わなかったよ、というのがふたつめ。さらに、え? 主人公は、推定/石森章太郎(のちに石ノ森章太郎と改名)なのか!渋いとこもってくるなあ、この「目線」は今までなかったなあ、という感嘆がみっつめ。しかも、BLトキワ荘かよ!、これがよっつめ。いつつめは最後に。

この1950年代当時のトキワ荘のエピソードのあれこれは、いまや神話と化したと言っても過言ではありません。「トキワ荘」が一般に有名になったきっかけは、なんと言っても藤子不二雄Aさんが、1970年に『週間少年チャンピオン』誌上で連載を開始した自伝的長編作『まんが道』でしょう、やっぱり。
『まんが道』は、NHKで2度もテレビドラマ化され、ドラマが名作だったこともあり、一般への認知度がさらに深まりました。また、『まんが道』を読んで、まんが家を志したという後進も少なくありません。そして、本作を偏愛する作家たちにより、『まんが道』の台詞や登場人物をパロッた表現は、現在では、もう本当に数えきれないくらいまんが作品の中に点在しています。「ミュージシャンズ・ミュージシャン」という言葉がありますが、藤子不二雄Aさんは、本作により、巨匠でありながら、「まんが家ズ・まんが家」という側面を併せ持つことになったと言えます。
それから、これまたNHKで放映された、トキワ荘のドキュメンタリー番組も忘れられない秀作でした。映画なら、市川準監督の『トキワ荘の青春』、犬童一心監督の『黄色い涙』もトキワ荘がモチーフ。これに加えて、トキワ荘に関するまんが評論系の書籍や文献があり、藤子A作品以外のまんが作品も藤子F版トキワ荘ものと言われる『藤子不二雄物語 ハムサラダくん』、なんと今年に入ってから、ちばてつやさんも当時のことを振り返った自伝まんが『トモガキ』(週間ヤングマガジン掲載)を発表しています。
わたしもトキワ荘に関する表現物すべてに目を通しているわけではないのですが、それぞれの作品を比べてみると、これがちょっとおもしろい。芥川龍之介の『藪の中』というか、黒澤明監督の『羅生門』というか、トキワ荘という場の持つ多面性が浮かび上がってくるのでした。どの人物の目線をとるのか、どのエピソードにスポットを当てるかで、物事の捉え方がまったく違っています。けれど、どれも嘘ではないし、どれも本当のこと。真実とはいったい、なんなのでしょう?
さて、さまざまにトキワ荘に関する表現物を挙げ連ねてみましたが、じつはどれも男性の作品ばかり。本格的にトキワ荘を題材にした作品を描いた初の女性が、やまだないとさんなのでした。こんなに女性まんが家人口が増えた昨今ですもの、女だって、トキワ荘関連の事象には、男性に負けず劣らず思い入れがあるはずです。いつかは、誰か、女性作家もこの題材を手に取ることもあるだろう、とは思っていましたが、まさか、それがやまださんだったとは。やまださんと言えば、パリとか、エロとか、おしゃれとか、西荻とか、傑作の数々を描いて来ての、作家歴20年選手です。まさか、まさかのダークホース。やまだまんがで、トキワ荘が読めるとは。こんなときです、こんなとき。まんがを長年読み続けて来て、ほんとうによかったと実感するのは。まんがの神様(たぶん手塚治虫)に感謝するのは。

やまだ版トキワ荘物語『BEATITUDE』は、「トキワ荘に集った実在のまんが家たちをモデルにしていますが、フィクションです」と明記してあるとおり、人格や設定、関係性を大胆に変えてきているのが特徴で、トキワ荘は「トキノ荘」だし、登場人物たちも全員、どこかをもじった変名になっています。主人公の推定/石森章太郎は「花森ショータロー」、主人公の相棒である推定/赤塚不二夫は「クボヅカ フジヲ」、そしてアパートの紅一点・推定/水野英子は「水島 ユミ子」になっています。
『BEATITUDE』は、ショータロー、クボヅカ、水島クン、この3人を中心に据えた、まんがに情熱を傾ける若き表現者たちの群像劇です。物語の序章は、「無理......もうなんも出ない......描くの......苦しい もう マンガ......やめた」と、机につっぷす中年になったショータローの独白で始まります。
そこから暗転、一気に過去に遡り、時代は昭和30年代、高度成長期のまっただ中の東京で、希望に満ちた若き日のショータローの青春物語が始まる、という構成の妙に一瞬で心を奪われます。雑誌掲載時の原稿に、ものすごい改稿をして単行本にしているところにも静かな意気込みを感じました。
まず、彼女従来のコマ割を止め、「昔風」に非常に小さくコマを割ってきています。ショータローやミズシマクンが作中で描くまんがの絵柄もきっちり、それぞれの元ネタの画風を押さえています。やっぱり、やまださん、絵、うまいや。
また、ここぞというときの擬音語のレタリング、たとえば、90ページの小鳥の鳴き声「チュン チュン」は、石森さん風にちゃんと「まるっこい」。窓にペンをかざすクボヅカ氏の横顔が、やまださんの絵柄を離れ、ほんの小さな一コマだけ、石森まんがの典型的な主人公顔(009の島村ジョー顔ってことです)になるところとか。ショータローの担当編集さんの顔が、石森まんがでよく見かけるニヒル系脇役顔に造形されていて、ある意味、ファンに目配せしたような楽屋落ちギャグになっています。
というようなところから、じょじょに始まって......テラさん(=トキノ荘の住人で推定/寺田ヒロオ)と飲み屋のママがセットになると、なぜか、昭和50年代の向田邦子脚本の久世ドラマ風の味わいを醸し出し。ショータローが田舎の姉に宛てて書く手紙は、まんま主演・ショーケン(萩原建一のことね)、脚本・倉本聰のテレビドラマ『前略 おふくろさま』風の演出となっています。でもってこれは、さらに石ノ森章太郎名義になってからのヒット作『HOTEL』のテレビドラマの演出にもかぶります。こちらも、『ねえさん、事件です』という、ねえさんへの報告という形を取った高嶋弟のナレーションが挿入される演出でした。「ムーンライダース」の鈴木慶一そっくりの流しのギター弾きが歌う唄は、時代考証をまる無視して、SMAPの「夜空ノムコウ」に、遠藤賢司の「カレーライス」。さらに最終ページでは、慶一さんの自作曲を「ト・ド・ケ・ヨ ビアーティテュ......」と唄っていますしな。ショータローたちの憧れ、テヅカ先生の自画像は、なんと江口寿さんの「絵柄」になっています。
それから、「水島ユミ子」は、「大島弓子」のダブルもじりです。また、推定/藤子不二雄である「藤野富士雄」は、やまだ版トキワ荘では、一人の人物ということになっていて、やまださんの分身としていろんなまんがに登場する「ナイトーさん」の姿形を取っており、作中で原稿を落として(!)います。この点については、ものすごく、周到に、細かく組み立てがなされていて、本当に脱帽。

『BEATITUDE』の最大のおもしろさと深みは、一見トキワ荘の面々を描いているようでいて、じつは、やまださん本人のまんが家として過ごして来た20年間の個人体験を色濃く投影しているというところです。だって、やまださんも地方出身者であり、東京にまんが家になるために出てきた人間のひとりですから。彼女がやろうとしていることは、トキワ荘を描くとこで、時代が移り変わろうとも変わらない若者の普遍性を描くことなのだと感じました。
もう一度、繰り返しますが、やまだないとさんが、かの有名な「トキワ荘」をモチーフに新連載を開始したときは、驚愕しました。

そして、いつつめの驚きは、やまださんの描くフードが、はじめてうまそうに読めたことです。なぜ、他作はまずそうなのか?については、長くなるので割愛、『まんがキッチン』を参照ください。すいかにドーナツ、カレーライス。コイケさんのラーメン。フランスパンのコロッケサンド。クボヅカ氏の作る7月31日のほとんどキャベツハンバーグ、ごぼうと油揚げごはん、たまごのみそ汁。どれも素直に「うまそう」と思えました。なぜだろう?と考えてみたら、作品に描かれている主題が、絶望ではなく、ほのかな明日への希望だからじゃなかろうかと思い至った次第です。題名の『BEATITUDE』を辞書で引くと、至福という意味でした。至福の時に口にする食べ物が、まずいはずありません。あの下宿部屋の二階で饐えたすいかでさえ、幸福な味がしたはずです。

追記
誰になりたいかと言われたら、水島ユミ子になりたいです。つか、あれはきっとわたしです。ユミ子クンになって、徹夜明けの部屋で爆眠しているショータローとクボヅカ氏を、わたしもスケッチしたいです。や、あんな光景を見せつけられたらですね、あれは女子なら、描かざるを得ませんて。さらに、カメモリ先輩に見とがめられて、あわあわしたい、です、むしろ。という目線を持つことが、女子がトキワ荘を描く意義のひとつかと。ないとせんせい、トキワ荘は、最強のチーム男子ですね?トキワ荘男子、萌え〜と言ってみる。だって、わたし、女子だから。」